揺れた。
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そのうちとかいつかとか、先延ばしにしてタイミング伺ったところで勝手に何がどう変わるわけでもない。男と女の関係なんて特に。
海の向こう側のネオンがきらめく浜辺とか百万ドルの夜景を見下ろすホテルとか、性分を考えたらそんな事で揺さぶれるようなやわな女じゃなかった。出遭ってから早幾年、付き合いも長くなればそんな事は分かり切っていて。
じゃあもう別にどこでも、いつでもいいんじゃんって、考えたら勝手に手が伸びていた。


「え、なに?」


なんか湿っててきもちわるいんですけど。口ぶりは淡々としているのに顔だけでよくもここまで不快感を表すことができるなと、そんな場合じゃないのに感心した。


「・・いや、ちょっと話が」
「あ?金は貸さねーよ」


給料も払えよと、そういうつもりじゃないのにこっちの返しも待たずに振り払おうとするから哀しくなって、抵抗する事も忘れて素直に解いてしまった。離れて無沙汰になった手を結んだり開いたりしてみると確かにじんわり汗かいてて、無意識に行動起こした癖に緊張していた事を知って、我ながらすこし、情けない。

どうしてこんなやつ好きんなっちゃったんだ俺は。別に今が初めてじゃない、芽生えを自覚してから何度も何度も頭抱えて悩ませて、眠れない夜を過ごして巡らせたけど変わらなかった結論に、落ち着けるには現状を変える以外の選択肢はないなと行き着いて。
さみしがりの手のひら見つめてひとり項垂れる俺の事など完全に素通りで、昨晩の予報通りにすっかり乾いた洗濯物を取り込む背中を追い掛けた。


「なあ、ちょっと聞いてくんね」
「なに?今忙しいんですけど」


せめて振り向くか動き止めるか、どちらかしてくれたっていいんじゃない。内側はがさつな癖して手先だけはわりかし器用で、今日もいつも通りにてきぱきと綺麗に折り畳んで整列させていくほそい指が、今だけはすこし恨めしい。 純情というか純粋というか、そっち方面には至極鈍感で、雰囲気にも空気にも踊らされない男勝りの分からず屋は、遠回しに外堀埋めたところでまるで意味がない事は承知だった。


「俺さあ、どうやらお前のことが好きらしいわ」
「・・は?」


手を止めたのと同時に首だけでも振り向いてくれたから、それだけで一瞬満足しそうになって、いやいやと後戻りは出来ないと言い聞かせて奮い立たせた。


「いやだからね、俺は、お前が好きなの」


ドゥーユーアンダースタン?頭空っぽのこいつでも分かりやすいように、指差しながらもう一度。直球投げて逃げ場なくしてやれば揺さぶるくらいできるだろうなんて甘い考えは、ふうんと気のない返事を受けてがらがらと崩れてなくなった。


「それで、どうしたいの?」


どうしたいのと言われてもそこまでは考えていなくて。女子らしく恥じらって俯くでもない目を逸らすでもない、まっすぐ睨み付けてくるから、こんな時でも可愛げがないなと思ってすこしたじろいだ。
俺のものになってくれませんか。自問して、あわよくばと浮かべて捻り出した返事が間延びした声になってしまったのは、俺らしいといえばらしい。


「悪いけど、わたしを落とすには物足りないね」


いつの間にか再開させてすでに終わらせていた。綺麗に積み上げた束を両手に抱えて立ち上がると、こちらを見上げて出直してきなと吐き捨てた。


「そいつぁ残念だよ」


原因は自分にあるけど、見切り発車で猶予なんてなかった。その中の精一杯の口説き文句も回れ右で却下されてしまえばさすがにこたえて、ぐうの音も出ない。
元より勝算を見込んでいた訳でもなかったし、返事は良くても悪くても、折れるつもりは毛頭なかったから、通じただけでも今はよしとしたい。
それでもめっきり臆病になってしまって、横を通り抜ける肩を掴む事も、追いすがる事もできずに見送った。ふわりと揺れた髪の隙間で、見逃さなかった耳元の、見えたのは赤い花。


「・・ねえちゃん」


今は駄目だと、思ってもこみ上げて歪んでしまう口元は片手で隠して。別に追い打ちをかけるつもりはなかった。素直に沸いてしまっただけの、素朴な疑問。


「その耳たぶどうしたの?」
「・・あんたのが移っただけだよ」
「あーそうですか」


じゃあこの想いも一緒に移ってくれやしないかね、口には出さずに浮かべただけで辞めにした。いくら周りが変わろうと動いたところでそうやすやすと同調して変化するような女ではなかった。とっくに知っていたけど、いつだって強がりで純情で、嘘つきな。








揺れた。


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(140902)