朱色
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普段から好き嫌いがわりとはっきりしていて、言いたいことを言いたい時に、やりたいことはやりたい時にやる性格で、それなりに空気は読める人だったし別にそれで誰かが傷つくようなこともなかったから気にしてなかったけど、曖昧に濁したりグレーゾーンな表現をすることは多分、なかった。俺の知る限りでは。


「夕焼けは苦手」


そう言われた時に違和感を感じたのは、そういう事だったからだと思う。
理由を聞きたくなったのは、いつからか突き詰めなければ気が済まなくなってしまった性分のせいでこれはもう、いわば職業病。








「暇そうだね山崎君?」


一体、俺の何をみてそう思ったのか小一時間問いただしたい。軽快なリズムでノックをして返事も待たずには、扉開けた瞬間そうのたまった。
いや全然暇じゃないんだけど非番も勤務中も関係なく動き続けてんだけど俺。
本来やるべき仕事じゃないはずなのに、どういうわけか俺の周りに積み上げられた紙の束がこの人には見えないらしい。


「え、俺になんか用?」
「ちょっとだけ、一戦交えてみませんか?」
「はあ、」


正論がまかり通らない人ではないのはわかってるけど、ジャイアンじゃないんだから、有無を言わせないまっすぐな眼はやめてほしい。
暇なのはどっちなの、思ったけど、この人が大好きな副長も沖田さんも生憎今日は市中見廻りに出払っていて、ありがたいのか残念なのか、選ばれたのが俺で。

沖田さんとやる時はいつも真剣だから、俺の時まで持ち出されたらどうしようかと思ったけど投げられた得物は竹刀で、嬉しいような悲しいような。
それなりの所に発注かけて誂えてるから業物とまでいかなくてもそう簡単に折れちゃいけないはずなのに、おもちゃみたいにポキポキ折るからほんと、この人たち勘定方泣かせ。 そっち方面あんま関係ないから別にいいけど。

文字通りこてんぱんにのされて、視界にお星様が見えたから掴もうとしたところであ、これ俺のやつだって気づいて、声かけられた時点で予想はしていたから、情けないとか恥ずかしいとかこんな傷だらけにされてもうお婿に行けないとかそんなんもう、一切ない。


「ミントンにしとけばよかったかなー?」


手ェ抜くんじゃねーぞと言われて負け戦なのはわかりつつも気張ったつもりだから、結構いい線いってたと思いたい、汗まみれになってひひひと笑うを見て思う。
頭の方はまあ、日常生活を送る分には支障ないからいいんじゃないだろうか、問題は性別を間違えたくらいかな。敵わない相手の粗探しのついでに弱点なんてないでしょと、何となしに聞いてみたのが冒頭への始まりだった。


まだ幼い子供だった頃のお話です。
わたしは両親と歳の近い兄と、家族四人で仲良く暮らしていました。
ある日の夕暮れ、家に帰ると居間で家族が寝ていました。
父も母も兄も、夕日に照らされてその色に染められたまま、呼んでも揺すっても起きなかったので不思議に思っていると嫌な臭いがして、慌てて外に出ると家が燃えていてまた、燃える炎に包まれて赤くなっていました。
屋根の上に誰かが立っているのが見えて、振り向いたそれはおそろしい顔をした鬼でした。
目の前が真っ暗になって気づくと刀を握り締めて、自分だけが一人立っていました。
もうそこには誰もいませんでした。


「それで、、どうなったの?」
「ん、みんな死んだ」
「え?」


あまりにあっさり言うから脳みそが理解する前に脊髄反射で聞き返してしまって後悔した。多分血だったんだろうね、あの部屋に窓はなかったから。淡々と続ける彼女の目元が少し、強張るのがわかった。


「その鬼に、殺されたの?」
「多分ね、あんま覚えてないけど、夕焼けはきれいだったよ」


記憶が薄れてしまった今となっては鬼の正体が誰なのか、天人だったのか人間だったのかもわからない。
何もわからないから憎んでも恨んでも晴らすことはできない、だから彼女は弱さを呪った。弱いから彼らは死んだし自分が生きているのは強いからだと、ならばもっと強くなってやろうと、逆転の発想で結論を出して生をどこよりも近く感じることができるこの場所に今、この人はいる。

異常とも言えるほどに強さを渇望するのは弱さを呪い生き残ってしまった自分自身を正当化するため。 日が沈む時間にあえて汗を流す行為をしてるのは、単に暇をもてあましていたからでも気温が下がって動きやすくなったからでもなくて、恐怖を記憶した身体から意図せず滲み出すぬめった汗を誤魔化すため。

なるほど、と思った。
出会ってから今まで疑問に思い続けて真相を知りたがっていた事が今やっと、明らかになったけれど、喜びなんてものは一切なくて、あんまり泣き言を言わない彼女の、めずらしく弱さを感じさせるしょぼくれた目を俺は真っ直ぐに見ることができなかった。

見た目はともかくお世辞にも内面の女性らしさなんて出会ってから今まで、申し訳ないけど感じたことなかった。いつだって何物にも囚われない鎖なんて片っ端から引きちぎるような人が、もっとずっと深い部分で囚われているなんてそんなのは、嫌だ、と思った。


「なんて言っていいかわからないけど」
「うん、そうだよね、ごめん」
「ここにいれば大丈夫だよ、きっと」


慰めじゃない嘘でもない、本心からそう思う。
この場所はきっと、君にとってとても安全。

眼球が揺れて三日月のかたちに曲がってまたうへへと頭悪そうに笑う、恐ろしさとかなしみだけを紐付けされて残された彼女の、その色に染まった横顔が皮肉にもきれいだなあなんて思った。


「初めて人に言った」
「いやあ、そういうとこあるなんて気づかなかったよ」
「これ、みんなには内緒だよ」


絶対だからねって、まっすぐな顔で念を押して笑う。どんだけ負けず嫌いなのこの人、思ってまたこちらもつられて綻んだ。



ていうかなんで俺なの?
この人から見たら多分ほとんど弱さの塊みたいな、後ろ向いたらいたのが俺だったってだけの話なんだろうけど。もしくは仕事柄口が堅そうだと判断されたか、どっちかかな。
いつからか性分のネガティブな感情がこんな時まで顔出しちゃって、勝手にちょっと悲しくなってなんだかなって思うけど。

そんな苦しそうなかなしそうな顔、局長にも沖田さんにもあの副長にも、まだ見せてないんだとしたら。


(ーーごめん)


申し訳なさすぎて口には出せないし出すつもりもないから、先に心の中で謝っておきます。
正直ちょっと、ほんの少しだけ、うれしい。







朱色


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(140730)