思量するパープリン
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「まーこんなもんかね?」
「うわあすごい、ありがとうございます」
「いーよこんぐれえ、気ィ付けて帰んな」



帯は苦手だ。
毎日仕事で忙しく動き回るから、非番の日でさえ動きやすさに重点を置いて着流しに貝の口が定番となっていたが、女の子なんだからと同僚に諭され、どこから持って来たのかうすい水色の半幅帯で器用にも文庫結びを仕上げて貰い街へ出た。
似合っているかどうかは抜きにして、普段と違う服装をした事で見慣れた景色も変わって見えるような気がして、たまには悪くないかなと、浮き足立って歩いていた所、帯が弛んでしまった。
危うく公衆の面前で恥を晒す所だったけれど、ありがたい事に通りがかりの男性がこれまた器用に結び直してくれたため事なきを得た。
見ず知らずの人間に対して親切な人がいるものだなと少し嬉しい気持ちになった。


「本当に助かりました。ずいぶん器用なんですね」
「そうかい?ホントは解く方が得意なんだけどな」
「よかったら何かお礼でも、お茶くらいならご馳走します」
「気持ちは嬉しいんだけどな、ガキ共が待ってっから早く帰んねーと殺されちまう」
「じゃあせめてお名前だけでも」
「えー何惚れちゃった?公衆の面前で逆ナンとかお嬢さん可愛い顔して結構肉食?」
「いやそういうんじゃないです」


社交辞令ってわかります?言うと不満そうに顔を歪ませて、綿毛のようなしろい頭を掻くと懐から小さな紙を取り出した。受け取って眺めると、書かれている文字に興味を引かれた。


「万事屋ってなに、お店?」
「まあ一言でいうと何でも屋?」


どうしてこっちが聞いているのに答えの最後にハテナが付くのか。だんだん胡散臭く見えてきた目の前の男を訝しく思ったが、一応助けてもらった手前、表情には出さないように気をつけた。


「何かあったらそこに連絡しな。知り合い価格でサービスしてやんよ」









「あー・・、あんま関わんな」
「トシ、知ってるの?」
「できる事なら記憶から消してーけどな」
「はあ、」


あと存在もと付け足して、明らかに不機嫌そうな切れ長の目が興味を持つなと言いたげにこちらを睨んでいた。
日中そういうことがあったと、見廻りから帰ってきて物珍しそうにこちらを見ていた彼に告げると、相手の容貌を伝えた瞬間にみるみる顔色が変わるのが分かって興味が湧いたけど、それ以上突き詰める事を許してくれそうな空気ではなかったので続けるのはやめておいた。

万事屋という名前には聞き覚えがあるような気がしたが、あのしろい頭は間違いなく初見で、一度見たら忘れない自信があるからやはり気のせいなんだろう、宙に浮かんでは消えて行く紫煙に重ねて終わらせた。




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「火事と喧嘩は江戸の華っていうけど、小出しにされてちゃ価値も下がるっての」
「奴らバカだからわかんねーんだろ。見てみろ、こっちの気も知らねーで派手にやってやがらァ」
「うわわ、こりゃすごい」


もくもくと立ち込める煙の根っこの方を目指して総悟と二人、エンジン吹かして道なり直進、そろそろ近いかなと思ったところで流れてきた白煙に一瞬で飲み込まれて視界不良となった。
得体の知れないものならば胸も高鳴るところだが、指令もらった時点で詳細は知れていた為、言葉に出さずともお互いのテンションがいまいちなのは明白だった。
車を降りると火薬の匂いが鼻をくすぐってくしゃみが出そうになって、聞こえてくる物騒な音声にやれやれと肩を竦ませた。



「真っ白じゃん、何発飛ばしたんだろこれ」
「さー、しばらく開けそうにねーな。おい、掃除機持ってこい」
「それどんな吸引力?しかし人様の喧嘩に乗じて利を得ようなんて無粋極まりないね」
「ついでに便乗して点数稼がしてもらうとしよーぜィ」



役人のくせして悪いやつだなと思ったけどそれも今更だし、おそらく結果としては発言の通りになる事は見えていたので返事は返さないでおいた。

どの方角に首を向けても代わり映えしそうにない景色に、眼球にその色がこびり付いてしまっているような感覚になって、ごしごしと裾で擦ってみたけど晴れなかったのと、隣に並ぶ黒服ははっきりと映っていたことに少し安心した。

この辺一帯のこんな状況、そもそもの発端は、どこぞの組の若手数名が抗争相手の取り仕切る賭博場に大量の煙玉を投げ入れた事で、組の頭の指示ではなく当事者の判断で嫌がらせ程度のつもりだったらしいが、睨み合いを続けて来た組同士な訳だから当然見過ごせる筈もなく、この一件のおかげで本格的な抗争の火蓋を切ったというところ。
問題はそこからで、投げられた煙玉の白煙は賭博場だけでなく近隣の商店街にまで広がり、視界不良なのを良いことにそれに乗じた人間により商店への強盗が相次いで発生した。それらを収めるべく市中見廻りの最中だったわたし達は方向転換しやって来た次第である。
この街の住民が喧嘩っ早いことは知っていたが、人様のものに首突っ込んで掻き回すとは華も糞もない。

それにしても一体どんだけ量産したの、当事者の技巧と根気にそこだけは拍手を贈りたい。ついでに再就職先を紹介してあげたい気持ちになったが、そんな権限もコネクションもない上しばらくは檻の中なのは確定なので諦めた。



「他の連中はまだみてえだな、まー必要ねーけど」
「晴れるまで待ってらんないね、さっさと片付けるとしますか」
「よーし頭の首ァオレが獲ってやらァ」
「目的ちょっと違くないそれ!?」
「同じようなモンだろ、流れ弾には気をつけろィ」
「わかってますとも」



先ほどからあちらこちらで物が壊れる音や悲鳴が上がっている。名前も初めて耳にしたような組織なので大した銃火器の所持はないと見て、先ほどから上がる爆発の威力も嚇かし程度だろうが念のため、アンテナ張って音の方向へ走った。

先ほどまで大分距離があるように思っていた爆音が今度は近くで響いて、遅れて風が白の濃淡を描いたのと一緒に見覚えのある綿毛が浮かんで、その下に付いてる死んだ魚の目とかち合った。



『ーーーあ、』



わたしと彼と、ふたつの声が重なって、目線を上げると真っ白な色がうまく溶け込んでいて、まるでたった今ここで産まれたかのように思えたのがおかしかった。



「旦那、来てたんですかィ」
「総悟、知り合い?」
「どっかで見た顔だと思ったらアンタこの前の・・・何?もしかして噂の紅一点てアンタの事か」



噂ってどんな、ワイドショーや週刊誌を思い出して思わず苦い顔になる。好奇や嘲笑の目で見られるのにはいい加減慣れたけど、まじまじと眺めて直に言われるとどういった対応をするのが正解なのかは今だにわからない。
両手に抱えたビニール袋が随分重そうで、それを総悟が訝しげに見ているのが分かった。



「この騒ぎもしかしてまたアンタらが絡んでんの?そろそろ手錠かけられても文句言えやせんぜ」
「あ?ドンパチやらかしてんのはそっちじゃねーの?今日は普通に買い物しに来ただけですぅ」



僕たち善良な市民なんでぇ、間延びした声がなんとも気の抜ける。 先日の出来事を思い出しても、怪しいといえば怪しいが悪い人ではない事はわかっていたし、立場的には善良な市民で間違いないのかもしれないが、浮かべたにやついた顔がそうは見えなかった。口の聞き方にしても、この黒服を見れば姿勢を正す人が殆どだというのにこの男は、それどころかこちらを小馬鹿にするようににやけて踏ん反り返っている。
再びふつふつと湧いて来る興味と疑問は、上司の苦い顔を思い出したところで膨らみすぎて、こんな時だからと抑える事は効かなかった。



「・・ねえ、あんた達どういう関係?」
「無関係でい」
「おいおい沖田君、あんだけウチに世話んなっといてそれちょっと酷いんじゃない?」
「世話した覚えならねーこたねーけど、世話された事ァ一切合切記憶にありやせん」
「おいいい!やったじゃん体張って爆弾処理とかさァァ!」
「記憶にありやせん」
「ちょっと!コントやってる場合じゃないんだから簡潔に頼むよ総悟君」
「おめーこそいつの間に旦那と知り合いになってんだ?取沙汰だけでいちいち突っ込んでたら命がいくつあっても足りやしねェ」
「は?」



いやいやなんのこと、取沙汰と言われてもわたしがこの男に関して知っている事なんて先日知り得た事以外何もない。関わる事を良しとしない上司の無言の圧力によって自制していたが、これではまるで知らないこちらがおかしいみたいじゃないか。



「それ、一体どういう」
「銀さーん!大丈夫ですか?なんかあっちでヤクザが、」
「あれ、新八?」
「げえ!さん!」



見知った顔を見つけて顔が綻びそうになるけど、それがまるでこの世のものではない何かを見てしまったとばかりに強張って歪むのを見て、何ともいえない気分になる。げえって何、物心ついたあたりからあんな感じだからもう慣れたけど。

万事屋という名前、どこかで聞いたことがあった気がしていたが合点がいった。 妙が以前、弟が妙な男の下で仕事を始めたと言っていた、それが確か万事屋といった。
妙でもなんでも、犯罪に手を染めるような事で無ければ本人がやりたいようにすればいいし、何より幼い頃から弟のように育ってきた彼が定職に就いて真面目に働くなんて喜ばしい事だと、思っていたがその妙な男がこの。
2人の顔を交互に見ると、同じく両手に大事そうに抱えた買い物袋に気付いて、改めて主夫業が似合う男だなと状況を忘れて笑いそうになった。



「え?何なの?新八おめーも知り合い?」
「あ、はい、色々と・・」



多分ここにいる全員、それぞれがそれぞれの関係性について頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるように見えて、口を開こうとした瞬間に響いた銃声と悲鳴がタイムリミットを告げた。



「まあこの話はおいおい、今はアンタらに構ってる暇ないんで。おい行くぜィ」
「はいよ」



踵を返した総悟の黒い背中を追いかける。
なんとなく振り返ってみると2人はまだその場所に立っていて、白髪の方はこちらを指差して何か言ってるように見えた。人を指差すなんて失礼な、思ったけどらしいといえばらしいなと、勝手に納得してあまり気にしない事にした。






「隊長!指示通り車手配してありやす!」
「よーし全員濡れ鼠にしてやらァ」
「・・なんか楽しそうだね総悟君」



捕り物以前にやはり問題だったのは視界不良で、打開すべく総悟の発案で手配された放水車により曇っていた視界は晴れ、言葉通りに水攻めを食らった容疑者達は両組織まるごとびしょ濡れの状態で御用となった。
経緯としてはあっさりしたものだったが、敵味方関係なしに放水するものだから頭から爪先まで、更には服の内側までびっしょり、こちらまで濡れ鼠にされてしまった。
おまけに商店街一帯がまるで台風でも通過した後のようにどの店も中の方まで商品丸ごと水浸しで、営業を再開するまでにしばらく時間がかかるだろう、屋根を伝ってぽたぽたと落ちてくる雫に事後処理に奮闘する上司を思い浮かべて、頭痛薬でも用意してあげようか、それともマヨネーズの方が捗るかな、ご機嫌取りに最適な方法は何かを考えた。


タオルで顔を拭いながら車のドアを開けると、一人だけノーダメージで飄々として助手席に座る加害者と目が合って、よくもやってくれたなと、口から出そうになった不満は負け惜しみと捉えられたら嫌だったので飲み込んだ。

張り付いた隊服を不快に思いながらブーツを脱ぐと、水と一緒に洗われることのなかった疑問が再び流れてきた。



「ねえ、あの人何者なの?」
「あん?何の事でィ」
「さっきの万事屋って、わたし何も知らないんですけど」
「ああ、てっきり殴り込みにでも行ったのかと思ったらちげーの?」
「わたしが?あの人を?なんでまた」
「さーな、そのうちわかんじゃね」
「はあ」



簡単に思い出せるしろいふにゃふにゃの頭、生気のない目に締まりのない口元。
もしかしたらあの男、とんでもない曲者なのだろうか。そうは見えなかったが、だとしたら弟同然の新八を預けおくのは心配だなと、思ったけれどその前に、先ほどから絶えず鳴りっぱなしの通信機の通話ボタンを押す事の方が今は先決で、発信者のおそらくは上司である鬼を、出来る限り刺激せずに納得させる最善の方法を考えなくてはいけない。

どちらにしても一人では答えが見つかりそうになくて、頑なに無視を決め込んで眠たそうにしている隣のわき腹にひとつ、八つ当たりの一撃をお見舞いした。

あと7コールくらい、鳴り終わるまで待って貰ってもいいだろうか。








思量するパープリン


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(140808)