まあ暫らくは会う事もないだろうっていうかできればあんまり会いたくないっていうか、面倒臭そうだからあえて接触するのはやめようと、思ってた奴がこんにちはって、帰宅した瞬間満面の笑顔貼り付けて待ち構えてても、こっちからしたらどういう顔して返すのが正解かなんてわからない、わかるわけがない、っていうか。 「こ、こんにちは・・?」 「すいません、留守だったのはわかったんだけど勝手に入っちゃいました」 鍵開けっ放しでしたよ。すいませんなんて微塵も思ってなさそうな笑顔浮かべて無用心っぷりを責められて、躾が行き届いていなかったのは保護者の立場である自分の責任でもあるけど、後から外出した世間知らずの小娘に心の中で中指立てた。 鍵開けっ放しは良くないよねだって物騒だもの、危惧してた通り多分ここ最近のうち思い付く限りで一番物騒な奴来ちゃったんですけど。 「あ、これつまらないものですが、先日の御礼も含めて」 「ああどーも、お構いなく」 一体どういう名目で今この女がここにいるのかなんて知ったこっちゃないが、一応は客人で、手土産貰った手前何も出さない訳にいかなくて、とりあえず煎茶は出した。あとは茶菓子でもあればと巡らせたところで思い付いて、非常識とは知りつつももうこっちのもんだし構わないだろうと、包み破って箱のまま差し出したら、文句を垂れる事もなく真っ先に頬張ったのが笑えた。美味いよね、ここの薄皮。 「んで、何の用?真選組ってそんな暇なわけ?」 「いえ、今日は非番なんでご心配なく」 「いや心配してる訳じゃなくて」 ただでさえまだ三回目で読めるとこまで行ってないのに、斜め上の返しはよして欲しい。 それにしても年頃の女の子が着流し一丁って、初見ではそれなりに着飾っていたのが印象的だったが本物はこっちか。目線移して下のほう、白い晒が覗いてたからまあうっかり見える事は無さそうだなと、安心したのと少し残念なのと、どっちかなこの感情は。 「聞いたところによるとうちの上司が二人揃ってあなたに負けたそうで」 「えー誰よそんな根も葉もない噂流した奴?とっ捕まえて黙らしてやったほうがいいんでない?」 「監察に調べさしたんで裏取れてますよ」 根も葉もあるんですよねこれが、逃れようと思った所でがっちりと後ろ首掴まれてどうしたものかなと、頭掻いて逃げ道探したけど見つからなかった。 ほそい指でぱかりと綺麗に割った残りの一口を、美味そうに咀嚼して茶を流すと、湯呑み越しに目が合った。黒星つけられっぱなしじゃかなわない、抑揚のない、けれど通る声で言った。 「悪いけどそういう風には見えないんですよね」 「そいつあこっちの台詞だね。さん?アンタ相当な戦闘狂なんだって?」 そんな可愛い面して戦国乱世でもまるまいし、言うとさっきまで浮かべてた笑い顔が引き攣って不愉快そうに眉顰めて、どの辺が地雷だったんだろうか、興味が湧いたけど探すのは後に回す事にした。 「それで?面子潰されてわざわざ報復にでも来たってのかい?」 「正直言うとそんな事には興味ないんですよ、私闘に口出す気もありません」 「じゃーなに?冷やかしはお断りなんですけど」 「わたしと一手、交えてはくれませんか?」 ここでやっと本題ね、薄々勘付いてはいたけど、立て掛けた長物に手を掛けてぎらりと光る黒い眼には少し驚いた。殺気ではないみたいだけど見えない何かがびりびり肌をくすぐって、なるほど、話には聞いてはいたがなかなかの。 「嫌だ。面倒臭い」 だからといって応じる理由なんてこっちからしたら一つもない。 「・・どうしても?」 「どうしてもだ」 口振りのやわさとは裏腹に内の方は大分頑固らしい、相変わらずの真っ直ぐな眼と暫く睨み合ったけど、悪いけどこっちだって意思は固い。噂の悪人面の役人に切られた肩口だってまだ治りきってないし、それがなくても面倒事は勘弁願いたいもの。 「男らしくないなあ、据え膳食わぬはって言うでしょう」 「いや使うとこ違くねそれ?どうして理由もないのにやり合わなきゃいけないのよ。俺一応怪我人だし無駄な体力削りたくないし、あとジャンプ買ってきたから早く読みたい」 「・・変な人」 よく言われるけどお互い様なんじゃない、睨み合ってたかと思えば、そういえば今週号まだ読んでないやと思い出したように返されて、どうやら諦めてくれたらしい。深い溜息を吐くと半分引き抜いた得物を鞘に収めた。 「随分躾が行き届いてるみてえだなあ、アンタの方が上司よかよっぽど聞き分けが良いんじゃねえか?」 「はは、あんな人達だけど随分成長さして貰いました」 昔だったらとっくに手ェ出してましたよ、笑顔でおそろしい事を言うものだからつられて浮かべた笑顔も思わず引きつってしまった気がする。 「立場が変われば人も変わるもんですね」 「若いのに悟るのはまだ早いんでねーの?留めとくのは勿体なさそうだ」 「じゃあ、」 「いーやお断りだよ、悪ィけど」 ちぇ、思い通りにいかないとくちばしを尖らせる様は癖なんだろうか、ちいさい餓鬼のようだと思った。 狂ってるらしい事は先ほどの目の色を見れば確かだとは思ったが、あっさりと手を引いたのは意外だった。この女がここに来るだろう事は想像してなかった訳じゃない。新八の話から、傲っている訳じゃないが手練れと聞けば交えたくなる性質なのはわかっていたし、おまけに直属の上司が揃って負かされたなんて、それだけで立派な大義名分ができる。 ちらりと顔色うかがうと脇に置いた木刀を恨めしそうに見ている事に気付いて、引いたのはそういう理由かと理解した。闘る気満々な癖してこっちに気を使えるなんて白いんだか黒いんだかわかんない。どちらにしてもやっぱり長生きできないんじゃないの。 「・・得物、持ってくればよかったなあ」 「・・これは洞爺湖の仙人にだな」 自分でも流用が過ぎるかなとは思う決まり文句の法螺話に、まじでかと再び目をでかくして驚くのが面白かった。 出会った時にもそうだったが、ころころと表情が変わる女だ、近くにいれば飽きないだろうなと、正直御免だけど一瞬でも考えてしまって、負けたと思った。 「まあいいや、今日はこれで帰ります。職場見学がメインだったし」 「職場見学?」 「新八がお世話になってるようで」 「あいつならトイレットペーパー買いに行かせてるわ」 「・・よろしく言っといてください」 久しぶりにあの子ともやりたいんで、幼い頃の事でも浮かんだのか、言うと顔を綻ばせた。よろしく言うのは別にいいけどそれ伝えたら卒倒しちゃうんじゃないのあいつ、先日の恐れおののく様を見ていれば想像するのは簡単だった。 「わたしがここに来たことはうちの上司にはどうか内密に、怒ると怖いんですあの人」 立ち上がってああそうだと思い出したように言って、立てた人差し指を唇に当てた。すこし困った様な笑顔に、それってどっちの方のって、浮かんだ返しは乱暴に開けられた扉と同時に飛び込んで来た我が家のじゃじゃ馬によって遮られた。 「ただ今帰ったアル!」 長距離走りきった直後みたいに真っ赤な顔で息を切らす神楽に、驚いたような顔をすると、こんにちは、ふわりと柔らかい形に変わった。 「可愛い子だね」 自分より低い所にある小さな頭にぽんと手を置くと、またねともう一度微笑んで、扉の奥に消えて行った。歩く度に鳴らした腰の真一文字がよくもまあ似合うこと似合うこと。 「銀ちゃん、アレお客さんアルか?」 「神楽お前、出かける時はちゃんと鍵掛けろつっただろ」 「定春がダッシュするからすっかり忘れてたアル」 視線を移せば満足そうに舌を出す白犬が、本日も無事に日課を終えた事を知らせていた。こっちはまだ日課の読書にも取りかかれていないのにと恨めしい気持ちでいると、泥棒でも入ったアルか?何を勘違いしたのか心配そうに見上げる神楽と目が合った。 勝手に入り込んではいたけど何も奪われていないもの、泥棒なんかじゃないね、あれは。 「猫が入ってきちまったよ」 え?どこに?きょろきょろと部屋の中見回す小娘に、残念ながらたった今帰りましたけどね、思っただけで口には出さなかったのはささやかな復讐。 首輪は付いてるようだけど完全に繋がれてはなさそうな、半分くらいは野良かもね。 あんな事言ってたけど根底の部分は何も変わってないんじゃないの、光る獣の目ん玉思い出して思う。 そんなに血の気が多くて持て余してる位ならちょっとくらい相手してやってもいいかもしれない、下心は多少入るかもしれないけど。 向かいに寝転ぶ食いしん坊に気付かれないよう隠した菓子折りに手を伸ばすと、治り掛けの肩口が引き攣って痛んで、やっぱり面倒臭いのは御免だなと撤回した。 懐いてくれたら嬉しいけど今のところくわばら、せいぜい噛み付かれないように気を付けとこう。 白色雑じり  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (140825) |