ロスタイムの失態
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「おい」
「何ですかィ?」
「今何時だ?」
「えー・・6時10分ですね」
「あいつ、遅くねーか?」
「そーですね」
「いやそーですねじゃなくて」
「そーですね」
「ふざけてんのかテメエ」
「あと5分待って来なかったらオレ帰るんで土方さんあとよろしく」
「いや何でだよ、まだ仕事終わってねーだろうが」
「いや見たいテレビあるんで」
「そんなん録画しときゃいいだろ」
「何言ってんですかィ、録画で観るスポーツ中継ほどつまんねーもんはねーでしょう」


それはまあ、確かに。内心思ったがここで下手に同調して帰られても困る。
個人的にこいつと組むのは可能ならば避けたかったが、残念ながら他の隊士がみな出払っていた為、組まされたもんは仕方ない。局長命令を思い出して悪態をつきそうになる気持ちを抑えた。

裏で攘夷浪士との繋がりの疑いのある料亭への潜入調査。密偵として潜り込ませていたと本日、この場所で落ち合う予定となっていた。
3日間の調査報告を受けて白ならば報告書を仕上げて本日の業務は終了、黒だったなら今後の対策を立てる為、引き続き残業となる手筈だった。

持たせている端末にこちらから連絡を入れてもどういうわけか、繋がらない。
遅くても6時前には仕事を終えて到着してもいい筈だが、現在時刻6時10分、からの連絡は今のところ着ていない。
過去にも何度か同じような任務を任せてきたが、頭の螺子がゆるい事は置いておいても時間の管理には割と厳しいほうだったし、わりかし真面目にこなしてきたから、こんな事は今までに一度もなかった。


「一報もよこさねーなんて何かあったんじゃねーのか」
「そりゃてーへんだ。早く帰って屯所のみんなに知らせねーと」
「ここで落ち合う予定なんだよ。てめーはただサッカー観たいだけじゃねーか」
「バカいってんじゃねーよ土方さん!オレだってあいつのことは心配でさァ」
「お前・・」
「ブラジルが決勝行けるかどうかくらい心配」
「わかったそこに直れ総悟。直線ルートで地球の裏側まで運んでやる」


予定時刻を四半刻ほど経過したが、待ち人は未だ来る気配なし。
念の為屯所に連絡を入れるも、どういう訳か誰一人として受話器を取ることはなかった。常に待機している人間もいる筈なのに流石におかしい。
何かあったのだろうかと可能性を探っては、浮かんだ嫌な予感を振り払う。 一度引き上げる事も考えたが行き違いになっては困るし、どちらかが残ってどちらかが帰還するとしても、俺が帰るとでも言い出せば背後から狙い撃ちされそうだし、この様子だと一人で大人しく待機してくれる可能性は薄い。逆に俺が残ることにしたとしてこいつは多分、普通に帰ってサッカー観る。
仮にも上司だというのに威厳とはなんぞよ、日頃のなめくさった態度を思い出して頭痛がした。


「もーーーほんと帰りてーんですけどォ」
「おい貧乏揺すりすんじゃねーようぜえ」
「時間過ぎたあたりで帰っときゃよかった」
「つっても6時には始まってんだろうが、どうせ間に合わねーんだ」
「58分に落ち合って59分に屯所帰って6時にはテレビの前でスタンバッてる予定だったのに今何時?もー前半終わっちまいまさァ」
「てめーは仕事と物理法則を何だと思ってやがる。つか携帯あんだからそれで観りゃいいだろうが」
「こんなちっこい画面じゃ何が何だかわかんねーでしょう、何のためにテレビ新しくしたと思ってんですか」
「アナログが対応しきれなくなったからだろうが。合わせたみてーに言うんじゃねーよ」
「あーロスタイム入っちまう、つーかオレ的にこの状況がこの上なくタイムロスだし」
「・・お前そんなにサッカー好きだったか?」
「いいですかィ?4年間の血と汗と泥で練りに練られた結晶がぶつかり合うんでさァ、アツくならずにいられるかってんだ」
「きたねー結晶だなおい。お前は普段からもっと熱くなれよ、こんな時だけ燃えてんじゃねえ」
「土方さんみてーに常時高体温高血圧で煙と脂肪分摂りまくってポックリ逝くのはやなんで」
「あ?んだとコラ」
「つーか本数多くね?イライラしてんのはそっちじゃん、そのまま血管ブチ切れて死んでくだせェ」
「うるせえお前が死ね」
「いやお前のほうが死ね」


お前を血と汗と泥の結晶にしてやろうか、不完全に燃焼したまま業を煮やしてついに、燃やすものも煮やすものも尽きかけた所で後ろの方からぐずぐずと、鼻を啜る不愉快な音が耳に届いて、振り向くとどういうわけか、目を赤く腫らしてが立っていた。


「遅くなりましたぁ」
!お前今まで何して、」
「え?なに何で泣いてんの?」
「・・・ブラジルが」
「え?観てたの?一人で?」
「一人じゃないよ山崎君も」
「報告置いて何してんのお前?」
「あいつ後でぜってーぶっ殺す」
「あと近藤さんも」
「近藤さんも!?」
「すいません、屯所には早めに着いたんですぐに来る予定だったんですが、トラブルがあって」
「おい、トラブルって何だ」
「・・・ブラジルが」
「おい言うなよ!絶対言うなよ!」
「おい!サッカーの話はもういいんだよ! 、報告はどうなってる?」
「それが一人・・やられまして・・」
「あ?どう言うことだおい」
「司令塔が後ろから背中蹴られて退場に、、」
「だからそっちじゃねえつってんだろ!しつけーんだよ!」
「ちなみにホシは白だったんで問題ないっす。あと1点取られました」
「なんでそこ適当なんだよふざけんな!」
「だから言うなつってんだろーが!」
「だって近藤さんが録画じゃかわいそうだから早く知らせてやれって」
『録画のほうがマシだバカヤロー!』






「4年に一回の祭りなんだからたまにはお前もハメ外そうぜって近藤さんが!」

ぎゃあぎゃあと責任逃れに忙しい、うるさい猫のしつけはひとまず頭引っ叩いて後回し、首根っこ捕まえて後部座席に投げるとエンジンを吹かした。


「おい総悟」
「へい」
「どうやら4年に一回ならハメ外しても許されるらしい」
「そのようで」
「時間がねえ、急げよ」
「御意」


時計を見ればハーフタイムが終わるまで残り約10分。各国上げての祭り事に勝敗はどうなるのか、気になってはやる気持ちは今は置いといて、後半戦始まる前にこちらもさっさと片付けてしまおう。

開戦の狼煙はバズーカでいいか。キックオフは総悟に任せよう。 4年に一回なんて嘘つきな、なまけた同胞の後ろ頭に鮮烈なシュートを決めるべく不本意ながらチームメイトとなった俺たちは、車の中で準備運動を開始した。








ロスタイムの失態


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(140718)