「そういやあ」 近所に新しくオープンした、大振りの羽根が売りだという鯛焼き屋。三日間限定大特価で詰め放題という看板に釣られて、つい財布の紐を緩めてしまった僕の、扉開けた瞬間見つかって奪い取られた紙袋の中身を、もごもごと頬張った状態で始めるものだから当然読み取れなくて、おとなしく飲み込むのを待った。 「新八ィコレもっとたくさん入ったアル、退き際間違うなんて男らしくないネ」 「羽根が潰れちゃうから控えたんだよ、仕方ないでしょ。で、銀さん何ですか?」 「いや、こないだの紅一点。知り合いつったっけ?」 「ああ、さんですか」 紅一点。 週刊誌やらメディアにそう表現されて本人はきっと苦い顔をしているに違いない。昔から女扱いされる事に対して至極嫌そうにしていた。 「昔うちの道場の門下生だったんです。姉上とも仲が良くて」 「へえ、女の手じゃねーなと思ったらそういうことか」 「手ですか?」 「めかし込んでたけど豆だらけだったからよ、気になったんだわ」 「はは、年代ものですからね」 浮かべてつい苦笑いになってしまった。きっと今でも欠かしてない、幼い頃からの鍛錬の賜物なんだろう。 「銀ちゃん、紅一点てなにアルか?」 「女一人が男に囲まれてる状態よ、簡単に言うとな」 銀さんがもう何個目だかわからない羽根付きに手を伸ばした瞬間、パチンと軽い音がして、胃袋直行だったはずの魚はしばし寿命を延ばして袋の中に落ちた。 「また女引っ掛けてアンタはァァ!そんな下半身のだらしない息子に育てた覚えはありません!」 「オメーはいつから俺のお母さんになったんだ」 育てて貰った覚えはありません、おいおいと顔を隠して何のフリだか、下を向く小さな頭を叩いた。 神楽ちゃんも一応万事屋じゃ紅一点になるよね、言うとぱっと顔を上げて何故か照れくさそうに笑った。わかってないなこれ、つられてこちらも。 笑顔だけは年ごろなのに気性と腕っ節は人外だから、日常的に食らってる方はたまったもんじゃない。 彼女もそうだった。毎日毎日顔を合わせるたびに道場に引き摺られて日が暮れるまで飽きるまで、野球部の千本ノックなんて可愛いものだ、こちとら竹刀で直に、トータル何本打たれたかわからない。 物心着く頃には程のいいサンドバック、もとい稽古相手になっていて、姉上だけでも手に負えないのにそれ以上に腕力持て余してたから目に余るどころじゃない、二人を前にしたらまるで得物のない一寸法師の気分だった。 稽古の度地面に身体丸ごと叩きつけられてそれでも男ならば、強くなりたいならば立てと、今思えばどこの熱血漫画かと思う。幼い頃の自分にとっては泣こうが喚こうが鼻血出そうがおかまいなしなんて本当にただの鬼でしなくて、姿を見る度に恐れおののき腕を引かれては叩き潰される地獄のような日々だった。 年上とはいえ性別としては女相手にこてんぱんにのされて地面に頭こすりつけてるこちらの気持ちなど知ったこっちゃないんだろう、あの屈託ない笑顔は記憶の中でも褪せないままきらきらと輝いていた。 「んで、そのじゃじゃ馬が何で真選組なんかに入ったんだよ」 「強さを極めたいとかなんとか」 「はー、このご時世に望んで刀握るたァ物騒な女がいたもんだな」 「姉上もかなり止めたみたいなんですけどね、言っても聞かなかったようで」 昔から自由な人だった。眠くなれば横になって腹が減ったら飯を炊く。竹刀を握るのも同様で、いつだって欲望に忠実で感情に素直で。 父が死んで道場の存続が危うくなってからも殆ど毎日顔を出していたのは、再興を願っていたのも勿論あったんだろうけど、単純に日課となっていた稽古を欠かしたくなかったからだと思う。 あっさりとあの場所を後にしたのもきっとそういうこと。 「あの沖田さんのところに手合わせに行ったんですって、無茶しますよホント」 「無茶っつーか命知らずだな、長生きできねーよ」 殴り込んだと聞いた時も入隊を決めたと知らされた時も何ひとつ違和感なんて感じなかったし、相談なしに行動起こしたことに怒りも悲しみもなかった。心配していなかったわけじゃないけど殺しても死ななそうだし、反対したら逆にこっちが殺されそう。納得する以外の選択肢は初めからなくて、思春期迎えても続いていた地獄のような日々から解放されることが本当のこと言うと少しだけ嬉しくて、少しだけ寂しかった。 「しかしゴリラ女が二人たぁ恐ろしい幼少時代だなおい、同情するぜ」 「でもご飯はおいしかったんで助かってた部分もありますよ」 「そりゃ比較対象がみんなダークマターなんだから何食ったって美味く感じるだろ」 「姉御の料理は最早芸術ネ」 「芸術とか極めなくていいから、あいつは武術とジャングルを生き抜く術だけ極めてればいいから」 「オメーは人の姉を何だと思ってんだ!」 料理の腕に関しては全面的に同意するけど。 我が肉親ながらあの女性らしい美しい指から生み出されるまさに悪魔の産物は物理法則と理解の範疇を超えている。思い出してこみ上げそうになるのを抑えた。 これ食べていいよと、よく手作りの握り飯を振舞ってくれたのも今ではいい思い出だ。添えられたおかずも味気ないものだったけれど、姉の手料理を素直に受け入れることができなかった幼い自分にとってはとてもありがたいものだった。 ただ食べ終わる頃に決まって「明日は何時な」と返事不要の約束を一方的に取り付けて満足そうにしていたところはやはりあの人らしい。 いつだってあの人の中で根底にあるものも追い求めるものもただ一つで、それが全てだった。 「強さねェ、行き着く果てはどこなんだか」 「もしかしたらそのうちここにも殴り込みにでも来るかもしれないですよ」 「『強さを求めて』?バカバカしくて付き合いきれねーよ」 「いやあ、戦闘狂だから、あの人」 やり返されて傷だらけになっても汗まみれの泥だらけになっても、楽しそうに笑うふやけた顔を思い出す。 立ち上がれなくしたのは自分なくせに、仕方ないなと笑顔で手を差し伸べて起こしてくれて、一本返した時の、嬉しそうに頭を撫でてくれた手は子供の僕には少し大きくて、くすぐったかった。 容赦なしに振り回すくせしてしっかりフォロー入れるからおそろしいのに憎めない。裏なんてない、全ては表で赴くままに全部やるから尚更。 「強くなってるんだろうな、きっと」 あの頃とは比べ物にならないくらい。 フィルター通さないで久々に見た顔は随分大人びていたように見えたけど、場所を変えても負けず嫌いの分からず屋なところはきっと変わらないんだろう。 いつだってあの笑顔も手のひらも今も、あたたかいまま。 人でなし一本気論  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (140813) |