ストロベリーサンデー
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蝶か花か、第一印象としては悪くなかった。
例えば笑顔でも浮かべて大人しく目の前に座っていてくれたりでもすれば暫く眺めていても飽きなさそうな、つまり外見はわりと好みなほうで、花丸付けてあげたいくらいの。
そんな女が頭から硝子突き破って飛んでくる様なんて、想像の上でも描いちゃいなかった。


「ええええ何してんのお前!?」
「・・おっじゃましやしたー」


おひとりさまには大分余裕のあるテーブルに転がった黒服に、店内まるごと急速冷凍かけられて、溶け出す前に起き上がってまた飛び出すと、数秒待たずに無事だった方の窓に赤い飛沫が飛んだ。 まさかと思って顔を出してみると、肩で息をするの背中とその向こうに地面に頭擦り付けてる男が三人、視界に入って正直安心した。


「アンタ一応女の子だよね!?お嫁に行けなくなっちゃうよ!?」
「女扱いすんなつってんだろバカヤロー」
「いや初めて言われましたけど!?」


いってえ、でかい眼の横を伝って落ちてきた赤いものを、荒々しく手の甲で拭って吐き出した台詞に、あれ君そんな感じだったっけ。記憶と今現在入ってきた情報の相違に混乱しそうになったけどそれも、右手に握られた得物が見えた事で納得した。匂わすだけでも爪立てるんだから、中入っちゃえば噛み付かれるのも当然か。

凄惨な有様みとめて氷付く往来なんて完全無視で、真一文字にこびり付いた液体払って鞘に収めて、転がったまま動かない男達に素早い動作で手錠を掛けた。懐から取り出した携帯電話で暫く話し込んで終わらせると、冒頭から石になってる店主に深々と頭を下げた。今人来るんでとか何とか言ってるのが聞こえたから、どこに連絡取ってたのかはなんとなく理解できた。


「えーと銀さん?すいませんね巻き込んじゃって」
「いやまあ、慣れてるんで・・」
「逃げ道なかったんで突っ込んじゃいました」


こんな所で奇遇ですね、なんてにこやかな笑顔でお話ししてる場合じゃないと思うさっきから流れてるそれ。頭もそうだけど破れた腕の方も多分、そんなに浅くはない。きれいな色が、ポタポタと落ちるたびに地面となじんで汚くなって、やがて吸い込まれた。


「おい、病院行くか?」
「大丈夫。応急くらいならあるんで」


ごそごそと黒服のポケットに手を入れたから、さすが女の子だねなんて内心感心してたら出て来たのはよくあるサイズの絆創膏で、ああこの子馬鹿なんだってそこで初めて知った。


「他の奴らいねーの?あんた一人?」
「そーです、急に囲まれたんで参った」


テッポウってずるくない?そうだね狡いね、溜息混じりのお子様みたいな問いかけは苦笑いで返して、見知った顔を放っておくのも何だし大した事はできないがせめて止血だけでもと、上着脱がせて袖捲ると、出てきた腕の色が斑になっていた。どう見てもさっきのじゃない、古いのと真新しいのが混ざっていやにどす黒い。元々の色をなんとなく知りたくなって、首から上が改めて間近で見ると透き通って映ったから、素直に勿体無いなと思った。


「随分傷だらけじゃねーの、それ」
「ああコレ、勲章ってやつです」


隠そうともせずに誇らしげに反対の手で摩った。どうやら本人は毛ほども気にしていないらしい。薬代かかって仕方ないと言った時だけすこし困った顔になって、べつに悪かないけど常人と比べたら大分ひねくれているようねと内側の構造を疑った。


「そんなにしょっちゅう狙われてんのあんたら?他の奴らそうは見えねーけど」
「いえ、どうやら女ってだけで弱味だと思われてるらしい」


ばかな奴ら、笑って曲がった形のいい唇に、紅一点という単語を思い出す。新聞やら週刊誌やらワイドショーやら、下世話な話題は何度も目に耳に、した事はあるが、俺も他人の事言えないクチだけど世間のみなさん、この子が命掛けてる事忘れてるんでない?宣伝効果は十分すぎるほどあるようだがどうやら、弊害の方が大きいらしい。

勝手に抜き取って破いたスカーフで縛ってやると反射的に痛がって、あいたと小さく悲鳴を上げた。これ貼らなくてもいいかな、ぺらりとつまんだ最低限の応急措置に、もうどっちでもいいんじゃない、もう一度苦笑いで返した。
むさい獣の群れの中に見てくれだけはか弱い年頃の女がひとり、一体どんな扱いうけていらっしゃるのなんて勘繰りは、すること自体無粋極まりないことも承知で。フェミニストなんてつもりは一切ないが知っちゃったからには口出しせずにいられない性分は、我ながら弱点かなとも思う。


「余計な世話かもしれねーけどよ、あんま一人で出歩かない方がいいんでねーの?」
「・・それ、どっかの誰かにも言われました」


言いながら浮かべたらしく苦笑いしたから、前にも感じた気がするデジャヴに胸のあたりがつかえて、悶々として妙に気持ちが悪かった。


「わかってんなら対策くらい取れんだろ」
「つってももう慣れたし、別に大した事じゃないですよ」
「そりゃ強ェこった、身体は大事にしなさいよ」
「まあ、負けなけりゃ良いんで」


どうやら随分自信があるらしい、綺麗な笑顔で返されて、こっちの心配なんてまるで素通りで、寄ってくるサイレンの音にいち早く気づいて立ち上がると、耳をダンボにして道の真ん中まで。見えてくると居場所を知らせるように大きく手を振った。
端に寄せた車の中から出て来た顔に、思わずげえと舌を出しそうになって、同じくこっちに気付いてわざとらしく不愉快そうな顔をするとそのまま、無視しての方まで早足に歩いた。


「攘夷浪士か?」
「素性不明、でもおそらくは。いきなり斬りつけて来たんでやっちまいました」
「・・わかった、連れてけ」


はいよ、同乗していた黒服達が指示を受けててきぱきと運び出して、道を塞いでた障害物は色だけ残して綺麗になった。


、制服着てる時は一人で動き回んなっつっただろーが」
「トシだって一人で見回りとか行くでしょうよ」
「ただでさえ目ェ付けられ易いんだよお前は、少しは学習しろ」


口ぶりこそ厳めしかったが、黒髪の下の整った顔が負傷した腕見て歪むのが見えて、あれもしかしてそういうこと、どっかの誰かさんの正体が多分だけどわかっちゃって、理由は無いけどなんとなくむかついて、野暮だとは知りつつも立ち入らせてもらう事にした。


「随分危ない事さしてんのね、あんたら」
「あ?関係ねーだろ」
「いやいや、いくら中身は猪でもゴリラでも一応は女の子なんだからさあ、おたくあの傷見た事ある?」
「・・知ってるよ、そんくれェ」
「じゃー何?そういうのが好きなの?可愛い面は汚したくなるってた、あだーッ!!」
「女扱いすんなつってんだろうが」


まくし立ててる途中で尻のあたりに衝撃が走って、重心失って思わず倒れそうになった。だからこれで二回目ですって。映った長い片脚に、浮かべた返しはぎらついた目に吸い込まれて出てこなかった。


「何?何で蹴られてんの俺?」
「言ってわかんねーなら身体でわからしてやりますよ」
「あーもー・・いいからおめーは、さっさと屯所戻れ」


腰の長物に手を掛けて唸ってる猫の後頭部を軽く叩くと、背中を押して歩かせた。 おそらく中毒なんだろう、見送る黒髪の肩越しに今日も咥えてる煙草を一口吸い込んで同じ方向に歩き出した。


「・・そういう事だ」


去り際に溜息混じりで言われて、いやどういう事よ、思ったけど、蹴られたところがじんじん痛んで納得せざるを得なかった。
そんなに大事にしたいなら傷口みとめて苦い顔してんなら、目の届く所に置いておけばいいのに。さっきまで浮かんでた考えは黄金の右脚のおかげであっさり覆されて、確信してしまった地雷に、完全に手懐けるにはだいぶ骨が折れそうね、むかつく背中に心の中で合掌した。

同情する気は一切ないし持て余してるのは理解できたからざまあみろとは思う。なのに少しだけくやしいのはどうしてか、自分でもよくわからなかったけど、なんとなく覗いた窓の内側の、零して置いて行ったテーブルの赤色に、床にぶち撒けた硝子の器を思い出して、そういう事だと納得させた。こちとら万年素寒貧なもんでとおまけで内心付け足して。色んなものひっくり返された最低の休日に、朝の占いを見逃したことを改めて後悔した。










ストロベリーサンデー


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