「真選組ってそんなに強いの?」 いつの頃からかお決まりになった夕暮れ時の3本勝負。 今日も勝ち越して嬉しそうに、肩で息をして汗をぬぐった彼女は、高すぎず低すぎずのきれいなカナリアの声で問いかけた。 「そうねえ、一介の剣士じゃ到底敵わないんじゃないかしら?」 「ふうん、みんな強いの?」 「みんなかどうかは知らないけど、特に隊長さんクラスじゃ何人が束になっても傷ひとつつけられないって噂よ」 「わたしでも負けるかな?」 「え?」 一度、手合わせしてみたい。思わず自分の耳を疑った。いつものように軽口を叩く調子ではなくぎらりと光ってたてがみを覗かせる猫の眼に、ああ、本気なんだと理解した。 は強かった。とても。 親を無くし残された借金の支払いと道場の立て直しに奔走する日々の中で、今だからあちらも仕事なんだから仕方ないとも少しは理解できる、取り立てのきたない大人達から彼女が散らしたきれいなお星様は、いまでも昨日のことのように眼球に焼き付いて離れない。 強さを求めたのはいつからだったろう、出会った頃はどうだったか思い出せない。 私にとってははじめから、強くて優しくて美しい、純粋な子供だった。 「、あなたは強いわ。私が知ってる誰よりも」 余計なこととは十分にわかっていた。私自身それで苦い思いをしたことも決して埋まることのないどうすることもできない溝に、歯を食いしばる事もあった。でも、 「あなたは女なの」 狼に敵うわけがないわ。 女性にしては節ぶってはいるが竹刀を握る細い指もそれを支える腕も、しなやかな筋肉の下に隠れたやわらかい胸の存在も、彼女が心底邪魔に思っている事も私は知っていて、それでも私は、彼女を傷つけてでも行かせまいとあえてひどいものばかり頭の中で探した。 「それは、やってみなきゃわからないでしょう」 「、無茶を言わないで」 「どうして?」 「あんな所へ行ったら何をされるかわからないわ、やめたほうがいい」 「それは、わたしが決めることよ」 その翌日に彼女が真選組の屯所の門を叩いた事を知ったのはその夜も更けた頃だった。 置いてもらえる許しが出たと、理解しがたいおまけも付けてのたまった。 澄んだきれいな目を輝かせたわからずやの彼女は、あそこにいれば強くなれると嬉しそうに続けた。 えたいの知れない狼の住処で一体、何があったかなんて腫らした頬を見れば一目瞭然で。 それでも負けじと吠えることを辞めない、痛みを感じないちいさな獣は、まるで私とは別の世界の生き物のようだった。 「あなたに、怪我をしてほしくないわ」 「生きてれば怪我くらいするよ」 「それどころじゃ、済まないことだってあるわ」 「わたしは転びもしない人生なんて嫌なの」 「・・・死んでしまうかもしれない」 「人はいつか死ぬものよ」 「、」 「妙、わたしは平坦な道なんて歩きたくないの。危なくてもいい、石ころだらけの道を、躓きながら歩きたい」 間違ってなんかない、正解なんてないから。 それでも引きとめようともがくのは、彼女を自由にしたくない私自身のただのエゴだ。 「ねえ、妙、わかって」 結局私には光を奪うことはできず、追いかける勇気も、枷になる覚悟もないまま、居場所を見つけてしまったあの子を黙って送り出すことしかできなかった。 ここ最近、夕暮れ時は特に、思い出に耽る事が多くなった。 江戸中のそこかしで話題になる女性隊士の活躍は、この頃は耳にしない日の方が少ない。 ならず者の獣の群に紅一点、ワイドショーとしてはそれだけで上出来なネタだ。無神経に笑う者も少なくはない。 逆恨みでもされたら困るでしょうと、彼女が私の道場の門下にいたことはあまり口外していないらしい。 込み合った道の人の間をすり抜けて歩く、今晩のおかずは何にしようか、八百屋の店主の世間話は笑顔でかわして、頭の中でレシピのページを捲った。 「じゃあ、そこの人参と玉ねぎを―」 「妙!」 遠くの方から聞こえた鳥の声に振り返る。 うれしそうに、見慣れた顔を見つけてまっすぐに走り寄る、すばしっこさは健全のよう。 真っ黒なカラスの腰に提げた一文字がかちゃり、いやな音で鼓膜を揺らしたけれど、気にするのはよしておくことにした。 「ずいぶん不恰好ね」 なんて、ゆるめの袖を引っ張ると、不機嫌そうにくちばしを出して笑う。 夕日を背負ってオレンジ色のちいさな狼を、見慣れるのはいつになるの。 変わらない声で名前を呼んで。 いつだって強くて優しくて、そんなあなたが私には心配で、とても、いとしい。 あまい熱  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (140706) |