太陽のようなひと
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あたまがよわいことは知っていた。それは学がないとか、知識云々ではなく思考回路の問題。
簡単に言うとこの世界に不可能な事柄など存在しないと本気で思い込んでいるのだ、あの女は。
天真爛漫とか純粋無垢だとか、いってしまえば聞こえは良いだろうが、実際のところは命知らずのただの馬鹿だ。


つい昨晩の事だった。翌日の任務の最終確認をする為局長室に人を集めていた。
任務を命じた隊士達にはあらかたの筋は通していたため、細部の段取りや実戦での配置の再確認は隊長クラスの人間だけを集めて行う予定だった。

追い掛けてはかわされて逃げられて、不逞を企むそこそこ名の知れた攘夷浪士供の会合の日時と場所を突き止めるところまで、随分と時間がかかったが、御用改めまで後一歩。やっとここまで来た。
おかげでこの数日間は十分に眠ることすらできずに奔走していた。

そこそこの大掛かりな任務に指揮を執る右腕にも自然と力が入って、武者震いかとぞくぞくとこみ上げたものが芯からくる寒気だと自覚したところで、急激に熱を帯びて思考も呂律も回らなくなった。
見るからに異常事態の俺を見兼ねた近藤さんにより、深夜にも関わらず急遽召喚された専属の医師に問答無用でストップを食らい、誰が従うものかと重い身体を持ち上げたところで後頭部に盛大なとどめの一撃を受けた。
脳みそが強制的に揺さぶられて、視界がドロップアウトする前に映ったにくらしい笑顔の犯人は、悪びれる様子など一切ない調子でのたまった。


「近藤さん、この任務、わたしがーーー」


いやいや、何してくれてんの、何言っちゃってんの、まだ、人斬ったことだって、ないだろ、おまえーーー、理不尽な行動に続いた理不尽な主張に精一杯の俺の抗議はたぶん、届いたのかもしれないが聞き入れてはくれなかったのだろう、そこで世界が真っ暗になってしまったのでわからない。



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たとえば、本気であの沖田総悟に真剣勝負を挑んだこと。

剣技の経験がない訳ではなかった。むしろ今となっては寂れつつあるが、この界隈でなら一度二度耳にした事のあるだろう老舗の道場の門下生だったと聞き、尚更なぜこの屯所の門を叩いたのかよりにもよってあの総悟に勝負を挑むことができたのか、俺だけではない、ここに身を置くほとんどの人間が今になってもみな理解できずにいる。
本人に聞いたところで「なんかいける気がした」なんて、心底頭の悪い台詞しかかえってはこなかったので、追求するのは辞めた。

剣の筋も、腕も、悪くはない。力だってきっとそこらの女だって男だって、比べ物にならないほどおそろしく強い。

だが相手は齢は少年といえど、命の取り合いを幾度となく繰り返しくぐり抜け、身体中を血に染めてきた熟練の天才。名ばかりでない一部隊を背負う男の前では赤子のようでしかなかった。

さすがの総悟も我が家のように日常を過ごすこの場所で、何の罪もなくただ勝利を欲しがっただけの純粋な(それが一番厄介でもあるが)小娘を殺める気にはとてもならなかったのだろう。
しばらくは様子見で、あやすように交えてはいたが途中で飽きたのか、最終的には柄を握るのも馬鹿らしくなったのであろう総悟の、いい具合に向かって右斜め下のほうから入ったストレートによって幕を閉じた。



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「あれはいいパンチだったよ」

この話になるといつも腕組みをしてううむと考えるような素振りを見せる。いまだ納得はいっていないらしい負けず嫌いの主張する敗因は、剣士の命でもある刀での戦いに全てをかけていたところに突然不意打ちで右フックが飛んできてびっくりしたから、だそう。
「男のくせになっさけない」
剣の上でも0勝もうすぐ150敗の絶対敗者がなにを言うか。


「いい年しておもっくそ鼻血ブーしてた奴に言われたかねー」
「戦士は血を流してこそ強くなるのだよ総悟君」


赤木しげるを思い出せ、とか何とかわけのわからんことを言って、手に持っていた漫画雑誌を投げた。
鷲巣様結局どうなったの?さあまだ戦ってるんじゃない?えーまじで何年目?
年ごろも近く破天荒なところも似ている気がする。なんだかんだ波長は合うのだろう、床に横並びでごろりと寝転がってページを捲る大きな子どもの2人を横目で見て、ため息が零れた。

覚悟はできている気がしない。これだけ命知らずでいて命を懸ける場所に身を置いて、理由もなしに自分は死なないと思い込んでいる。



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ワンフックKOを食らいお空の向こうへ飛ばされた、よく見るとまだあどけなさの残る少女に、さあどうするかなと視線のみで上司に指示を仰いだ。


「えっと・・・お年ごろだからぁ・・・」


一応ね、と付け加えて。人間よりも野獣に近い容姿とは裏腹にフェミニストな一面を見せたボスの言葉で、仕方なしに山崎に運ばせた。
男の臭いしかしない部屋では違和感でしかない少女の、目を覚ました一言目に強くなりたいと前置きして言った、まっすぐに見つめた目の色は今も忘れてない。


「わたしをここに置いてください」


疑問形ではない、懇願するとも違う、有無を言わさぬ強い音だった。きらきらしていた。
あれからどれだけ経っただろう、時折思い出すたびにいつからだろうか、くすぐったい気分になる。



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「どうですか?具合は」


懐かしい夢を見ていた気がする。どのくらい眠っていたのだろう、山崎の声に目を開けた。
夕刻だろうか、起き上がってぼんやりと開いた襖の奥を見ると空は少しだけ暗みを帯びていた。熱は引いたらしい。


「そろそろ薬の時間でしょう。水、持ってきやした」
「ああ、悪い」


グラスを受け取って口を付けると苦い粉の味が口の中で香って、一瞬飲み込むのを躊躇ったが、ごくりと飲み干すと乾いた喉に心地よかった。


「今朝の討伐任務の件ですが」
「ああ、」

心臓がどきりとした。

「ついさっき連絡がありやして、ターゲットの浪人は御用改め。既に幕府側に引き渡し完了。こちら側は全員無事、とのことです」
「・・・そうか」
「もうじき帰ってきますよ」


全員、のところをすこし強調したように聞こえたのはわざとなのか、どちらにしても安堵を含んだ表情と音声で、心配なのはこいつも同じなのだと思った。
任務の詳細が書いてあるので目を通しておいてください、そう言って書類を置くと山崎は立ち上がった。

再び一人になった部屋は静かで、討伐の任務に自身が出向かない事など、ましてや一人残され帰りを待つ事など今までになかっただろう。
煙草に手を伸ばそうとしたが、枕元にいつもは置いてあるそれはいつの間にか部屋の隅にある文机の上に置かれていて、おそらくは身体を気遣ってなのだろう山崎のお節介に少しだけ内心毒づいた。


「トシーーー!!」


豪快に扉を開け放つ音が聞こえて、続けてばたばたと、床を鳴らして走る足音が響いた。


「トシ!具合はよくなった?」
「ああ、お陰様でな」
「良かった、たまにはゆっくり休まないと」


もう若くないんだから、ノックもせずに飛び込んできて、仮にも病人を捕まえてひどい、昨夜飛ばした剛拳の一撃はもう記憶から消したのか、自らいうのもそれこそ情けないと自覚していたのでやめておいた。

細めた目の下を横切る真新しい傷に胸がちくりと痛んで、指摘すると他にもあるよと何がそんなに嬉しいのか、勲章のように見せびらかす彼女に詳細は聞かなかった。訝しく思う事も今更で、普通じゃないことははなから承知だ。
厄介な、いつの間にか根を張って花を咲かせている雑草みたいな。でも嫌ではない、雑草なんて、自分たちも同じようなものだと自嘲した。


「なにがおかしいの?」
「いや、、元気そうで良かったよ」
「?当たり前でしょう」


無事を祈るこちらの胸のうちなど理解できやしないんだろう、一体何を心配することがあるのかと、きょとんと鈍ったらしく目をぱちくりさせる幼顔にふれる。
ここに来るまでに走ったせいだろう、やや熱を持ったの頬からけだるい指先に直に伝わるいのちの鼓動に、くすぐったそうなしぐさにいとおしく思う。



「うん?」
「おかえり」
「うん、ただいま」


にこにこと、向日葵のように笑う。
そばにいてもいなくても、とっくの昔に焼き付いてしまって離れない、離したくないなと思う。
眩しくていとしくて、まっすぐになんて見てられない。
今までも、これからも、このままで、この場所を照らしていて。







太陽のようなひと


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(140706)